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八丈島の流人

宇喜多秀家

「豪姫よ,達者に暮らしているか。」


豊臣秀吉に養われ,文録及び慶長の役に征明元帥あるいは監事として,朝鮮に転戦する。

備前美作(岡山県)47万石の領主。豊臣家五大老の筆頭。関ヶ原合戦西軍の将。

関が原の合戦に敗れて後,薩摩の島津家(鹿児島県)に身を寄せていたが,その後久能山にこもる。

徳川幕府の命により,慶長1年(1606年)8月,34才の若さで八丈島に流される。

最愛の妻豪姫(前田利家の娘)を伴うことは許されなかった。

赦免が果たされることなく,明暦元年(1655年)11月20日,83才の生涯を閉じる。

八丈島在島生活50年。

 

 

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